2016年11月4日金曜日

アメ村飲酒運転事故の判決について思うこと。

アメ村飲酒運転事故、

今日判決が出たニュースを知って

判決に非難が殺到してるのを見て

「良いんじゃないの?」ってFBに投稿したら

FBとTwitterでコメントもらって

なんかすごく書きたくなったので書いてる。



加害者の肩を持つ訳じゃない。

危険運転致死傷罪が認められてても良いと思う。

それくらいに無責任な行動ではあると思うし

事故を起こすつもりはもちろん無かったと思うけど

事故が起きる危険は当然に考えるべきやし

自分が起こした出来事の責任は負うべきやと思う。



でも判決への非難、裁判官への中傷なんかを見てると

どうしても違和感を感じる。

妥当かどうかを冷静に問うっていうところまでは分かる。

でもヒステリックに避難してるのを見ると

リンチの場面に遭遇したような重苦しい気分になる。



起きたことは戻らない。

失った人は返らない。

それだけは確か、

「もう二度とこんな悲惨な事故が起こらないように」

って気持ちはめっちゃ分かる。

でも「だから厳罰」てのに違和感を感じる。



いろんな気持ちが入り混じって

ちゃんと全部書けるのか分からないけど

すごく書きたいので書く。



判決が妥当なのかどうかは

俺には分からない。

非難してる人たちにも分からないと思う。

だって当事者ではないから

事件の全部を知ってる訳でもないし

なんでそうなったかの知らない部分もたくさんあると思う。



でも、判決を下す立場の人が、

ありったけの状況を知って考えて出した答えがそうなら

そうなんじゃないか?って思う。

もし危険運転致死傷罪が適用されてたら

それを「重すぎる」とは思わない。

「それ相応のことがあったんやろな」って思う。



非難してる人たちの中で、

裁判の傍聴に行った人がいるのか?

膨大な裁判資料を全て見た人がいるのか?

と思う。

結局ニュースや伝聞で、限られた情報の中で判断してると思う。

だからヒステリックに「量刑が軽すぎる」って言ってるのは

どこまで知って言ってるの?って思う。



事故によっての遺族の方の無念や悲しみ、

これは計り知れないと思う。

だから遺族の方達には異を唱える権利があると思う。

でも、そうすべきとは思わない。

それは加害者の為でなくて

自分自身の為に。

加害者の刑を望む事は

仕返しと同じだと思う。

そしてそれは決して自分を幸せにしない。

まともな人であればあるほど

それは自分を苦しめることにしかならないと思う。



殴ったら殴った手も痛くて

相手も痛いから

決してすっきりなんかしない。

憎くて仕方ない相手を殴ってすっきりするなら

そういう人ならそれで良いかもやけど

俺が知らないなりに知ってる遺族の人は

きっとそういう人ではないと思う。

そこにこだわることで自分を苦しめるだけだと思う。

「亡くなった人の為に」って気持ちであったとしても

「もう二度とこんな事故が起きないように」って気持ちでも



人間はいつか死ぬ

死にたい人なんてほとんどいないと思うけど

自殺以外で死に方は選べない。

望んでた筈なんてない。

夢も希望もいっぱいあったやろうし

明日することも決まってたと思う。

だから絶対に悲しくてあってはいけない事やけど

亡くなった後に悔いを残してるとは思えない。



悔いが残るとそんな不幸な事はないと思う。

いるかいないか分からんけど怨念とか地縛霊とかって

結局そういう事やし。

亡くなった人の写真を見ました。

本当に素敵で可愛らしい女の子。

めっちゃ良い子なのは間違いないと思う。

そしてその子が相手を恨みながら天にいるか?

そんな事はないと思う。



加害者の事はともかく

気にしてるのは残された家族や友達の事だと思う。

その人たちが少しでも幸せに暮らせるように

魂ってそれくらい純粋で念がない存在やと思う。



もう二度とこんな事故が起きないように

抑止力として危険運転致傷罪が必要か?

関係ないと思う。

飲酒運転だけでもこんだけ厳しい罰則があって

事故起こしたらどうなるかくらいは免許持ってたら知ってる筈

それなのになぜやったのか?

「自分は事故を起こさない」

「見つかる筈がない」

「そんな事考えてもいない」

いずれにしても、抑止力なんて効かないって事。



加害者の人、

後悔してない筈がないと思う。

事故から1年半の間、

考えない日はないやろうし

死なせてしまった人と代われるならすぐにでも代わりたい

そんな気持ちでいると思う。



確かに事故は起きるべくして起きてる気はする。

そんだけ飲んで運転したらそらまともに運転できんと思うし

自業自得ってのは大いにあると思う。



でもね、実名を晒され顔を晒され、元職場まで晒され、

考えられないほどの数の人が自分の存在を知った。

刑期を終え出所してもそれは変わらず

新しい仕事をしようとしても

結婚しようとしても

買い物に行こうとしても

ずっとずっとついて回る。

そしてそれは一生変わらない。

世間が忘れ去っても

どこからか悪夢のように湧いてくると思う。



罪を償うということが与えた苦しみを自分も味わうって事なら

「死にたい」と毎日思うような日々を送る事になる。

完全に想像なんやけど

判決を下した人たちは、そういう事考えたんちゃうかなって思う。

行為=罪状=刑期

それだけなら不当な判決なのかもしれない。

でも加害者の人は「公開さらし者の刑」「社会からの抹殺」っていう

刑期なんかと比べ物にならない苦をもう背負ってると思う。



だから許されるとかって思ってる訳じゃない。

でも、少なくとも外野がヒステリックに

「許せない!!」とか言ってるのは

公開リンチの場に遭遇したみたいな気分になる。



一番大切なのは「こんな事故がもう二度と起きない事」だと思う。

それはつまり飲酒運転をする人間がいなくなるって事やけど

いくら厳罰化したってするやつはする。

だって「自分は事故しない」って思ってるから

これ以上厳罰化しなくても、

自分で行動の結果を考えられる人はとっくにしないと思う。



飲酒運転の罰で脅すよりも

飲酒運転で起きた事故の罪を重くするよりも

「飲酒運転は怖い」って事を知る事の方が大事やと思う。



教習所で飲酒運転させて事故させる体験とかを

免許取得の時の科目に入れたら良いと思う。

身をもって体感すれば懲りてしないし

それを実際に取り返しがつかない事が起きる前に

学習として経験する方がよっぽど良い。



長々書いたけど

加害者を庇ってるわけじゃない。

ヒステリックに責め立てても

誰も幸せにはならないってこと。

それで救われる人は本当はいないってこと。



だからなんかこういうザワツキを見て

胸が苦しくしかならない。

外野で「許せん」とか言ってるくらいなら

被害者の子に花でもお供えしたら良いのにって思う。

こんな事件が二度と起こらないように

自分はもちろん知った人、知らない人にでも

「飲酒運転は絶対アカンで!危ないで!」って

言って回った方がよっぽど良いと思う。

飲んで乗ろうとしてる奴、乗ってる奴を見たら

車から引きずり降ろしてやったら良いと思う。

目の前で通報しても良いやろうし。



当たり前やけど

飲酒運転を擁護してる訳じゃないし

加害者の肩持ってる訳じゃないし

遺族の方を責めてる訳じゃない。



事故で大事な人が亡くなるって事は

本当に辛くて悲しくてやるせないけど

事故の相手を見ても何も良くはならないって思う。

俺も完全に外野やからブログとか書くのも微妙ではあるけど

ヒステリックな連鎖が少しでも減れば良いなと思って

このブログを書きました。



故人のご冥福と、残された方々の幸せを心から願っています。




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