2015年5月20日水曜日

心がヒリヒリするしスッキリしないから住民投票を振り返ってみた。

なんとも後味が悪く、スッキリしないので

僕なりに今回の住民投票を振り返ってみました。



今回の住民投票で、傷ついた人って結構多いと思んです。

傷つくっていうのは物質的な事ではなくて

心の大事な部分がなんだかヒリヒリするような感じ。

賛成か反対かの2択だから

一見勝ち負けに見えるし、通った方(反対)は勝ったと言えなくもない。

でもなんだかヒリヒリする。

通らなかった方(賛成)が気落ちするのは仕方ないけど

負けた悔しさではなく「結局そうか・・・」といった気持ちで

やっぱりヒリヒリする。

通った方(反対)も虚しさを感じた人の方が絶対的に多いと思っています。

田原さんが「勝者なき戦い」と表現されてますが、まさにその通りだと思います。

対案がないから否定でしかなく、なにも達成していないから。

大阪を愛してて真剣に向き合った人

賛成も反対も関係なく、

大阪にとって本当に重要な人たち

ヒリヒリした気がします。



結果が確定した瞬間に、

万歳できた人

相手陣営を恨めた人は違うと思います。

今回の住民投票の結果が「勝ち」「負け」になる人は、それこそまさに

既得権益を守りたい VS 既得権益になりたい

そういう人だと思っています。

僕の思う既得権益については長くなるのでまた別で書きます。

かなりキツイ言い方になりますが、あえてはっきり言うと、

賛成反対関係なく、その人達こそが

これからの大阪に要らない。

そう思います。



いや、訂正します。

その心が、その発想が要らない。

ですね。人は色んなものや思いや考えやなんやがいっぱい詰まってるので

「人」を否定しちゃうとそれをしてる僕自身も一緒になっちゃいますね。

人ではなく、色んな人のなかに「いっぱい」や「ほんの少し」混じっていた

そういう心だけとっとと捨てて欲しい

です。



今回一番頑張った人、必死に叫んで伝えた人は、どちらも大阪が大好きで

「大阪が良い方に変わっていって欲しい」という思いは一緒だったと思っています。



賛成・放棄(無投票)・反対とほぼ1/3の結果になりました。

「無関心な層」が勝敗を決したとか、シルバーデモクラシーだとか、

色んな分析や解説が出てますが、

1/3の票は全部が放棄(無投票)という事ではないと思います。



僕自身、投票直前まですごく悩んでいました。

でもそれは賛成か反対かではなく

「賛成して良いのか?」でした。

反対する事は考えていなかったので、実際は賛成か放棄か、という事になります。

同じように「反対して良いのか?」

って悩んだ人もいっぱいいると思います。

面倒臭いから投票しない

とか

興味ないから投票しない

ではなく

この投票に参加したくない

そういう苦渋の決断をした人も少なくないんじゃないかと思います。



今回の住民投票が、ただ「案」を「今回」「是か否」かを問う単純なものなら

悩む人はほぼいなかったと思います。


・案としての内容

・「大阪を変える」という事そのもの

・橋下さんの進退

・既得権益をなくしたいという気持ち


少なくともこの4つが(あるいはもっと)一緒くたになって問われた気がします。

賛成or反対という2択(または放棄という3択)だったので

3択で分類しきれない気持ちは

どちらかに自動的に組み込まれた訳です。

なので賛成、反対、以外の3割の人の考えは「無関心」と決めつける事はできず

「選ぶなんてできない」という気持ちの人の票も相当にあった気がします。

そしてその中に「変わって欲しいけど・・・」の

「でも」で投票できなかった人も少なくないと思います。



つまり「反対」「賛成」と決をとると別れてしまうけど

「大阪が変わって欲しい」「大阪を変えたい」と思ってる

「同じ思いを共有する人達がやり合う構造」

になってしまっていたんだと思います。



これはとても悲しい事で、これを「橋下市長のせいだ」という意見も聞きますが

僕は橋下市長のせいでは決してないと思います。

ずばり「これしか方法がなかった」んだと思います。

そこにさらに「ネガティブキャンペーン」がより「対立」にしてしまった。

だから結果が出た後もさっぱりする事なく

なんだか心がヒリヒリする人がいるんだと思います。

ちなみに僕は思いっきりヒリヒリしています。



とここまでが「僕が思う今回の住民投票の分析」といった感じです。

もちろん僕の目線ではありますが、なるべく客観的に見たつもりです。



僕は大阪が変わる事を心から望んでいます。

次は主観バリバリの僕の思い編いきますw

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