2015年9月6日日曜日

初期衝動。アニマル。音。本能むき出し。死ぬまで生きてる!

初期衝動。

すごく動物的な本能っていうか感覚っていうか・・・

いろんなモノが生まれる時に欠かせないモノだと思う。



良い絵を描こう!

良い音楽を作ろう!



そんなんでできる訳ないと思う。

例えば明日自分が死ぬって分かってて、

いま手元にあるのがキャンバスと絵の具だったら、



自分の生きた軌跡をこめたり

残す人に愛を送ったり



衝動の方向は色々だけど強いそれが勝手に生まれると思う。

音楽は人が音を発するようになったのがはじまりだと思う。

そしてきっと人が叩くことを覚えた時かな?



言葉が先か音楽が先か?

それぐらい根源的だと思う。

たぶん音楽なのかな、書いてて思った。



狩りの最中に仲間に居場所を伝えたり、

「私はあなたの敵じゃないよ」って伝えたり、

「OhhOhh」とか「BuHuuuu」とか、どんなんか想像も付かんけど、

そういう音はたぶん言葉。



洞窟かなんかで、仲間と「幸せ」を共有したくて出す声とか

きっとそんなんが音楽のはじまりだと思う。



音楽だと

五線譜や音階や、ビートやコード、

打楽器に弦楽器に鍵盤に管楽器に・・・

さらにそれをDATAにしたもの

そしてからジャンルやなんや・・・

そないに詳しくないからズレてるかも知れんけど

「音楽をつくる」ってイメージするのってそういうもののが多い気がする。

そしてそれが上手に、得意に、なればなるほど本能の初期衝動を見失いやすい。



よく絵でも音楽でも「ヘタウマ」ってあるけど

あれが魅力を発するのはそういう事かと思う。



でも「ヘタウマ」は無意識だからこそ美しく心を打つだけで、

それを継続はできない。

だって人は学習するから、してしまうから。

もう学んで身に付けてしまってるのに、

「下手」を装うとものすごく見苦しく空虚なものになってしまう。



プロとアマの違いって根源的には

本人の意識のみだと思う。

自分が「プロ」だと思えばそこからプロフェッショナル。

ただしそれは全く楽しいことでもなんでもない。

「プロ」とはつまりそれでなにがしかの報酬を得ること。

報酬は対価なので相手がその価値を認めてはじめて成立する。

だからめちゃめちゃシビアな戦場に出るってことでもある。



努力しても報われる訳ではなく

生まれつきの才能も人それぞれですごく不公平

チャンスや運も同じく



でも努力しなければそもそも可能性さえないと思う。

そんなシビアな場所が「プロ」って事なんだと思うんだけど、

そこで生き残るためにどうしても「方法」に頼ってしまいがち。



いまの「コピペ」文化なんてまさにそれかと思う。

積み上げられた結晶を「DATA」という形で簡単に吸収できてしまう。

もろのそれは「パクリ」だけども、

切り刻んで断片を再利用したり、

色んな破片をくっつけたり、

解析して区分に分けて再構築したり・・・



でもそれも良いと思う。

極端になってきてはいるけど

そもそも「コード」っていう考え方や

もっと前の「音階」は、

そもそも共有や伝承の為に生まれたはず。

記録の為でもあるかもしれないけど

所有や排他の為に生まれたもんじゃないと思う。



そんなこんなで色んな表現やアート、音楽、

そんどん「根源的な衝動」が薄くなってきてる気がする。

でもきっとそれこそが一番心に届くきらめきなんだと思う。



記憶がある時からずっと取り憑かれてたように無意識に大切にしてた事で、

この10年くらいでやっとそれを認識して、少しずつ自分で形にしようとしてる考え。



先週弟が突然死んで、

とりあえず送り出すまでとにかく必死で他の事は考える間もなかったけど、

それが手を離れてから色々と思い返したり考えてみたり。

なんだか同じような事にあいつも向き合ってたんじゃないかって気がして、

なんだか不思議なんだけどでも確信に近い自信があって・・・



大した答えがあるんじゃないんです。

初期衝動。

それをカタチにしたい場所がひょっこり増えちゃった。

またいつか・・・

って仕舞ってたモノを

ほじくり返す時なのかなって思った。

思い出とか懐古とかそんなんじゃ全くないよ。



初期衝動。



伝えたい人がいっぱいいる。

伝えたい気持ちがいっぱいある。

他の人の事さえ大事に思えたら、思いやれたら、

自分自身はもっともっとアニマルで良いんだよ。

本能むき出しでもみんな楽しく生きていけるよって。



さぁ今日も今から楽しい事だらけw

大丈夫、死ぬまでなにがあっても生きてるんだから、

死ぬまでめいっぱい生きていこう!!

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